落ちる…擦る

  たまにどぼっと、落ちてはい上がれないときがある。
昨日は仕事関連で自分の駄目さ加減を痛感し、まっすぐに歩くことすらできなかった。
ふらふらと寒空をさまよい、そうだ、みかんがなかった、とスーパーに立ち寄れば
「もう終わりだよ」とぴしゃりとシャッターを落とされる。そんな程度のことでも、
そのときの私にしてみれば、この世の終わりを宣言されたような無情さで、さらに打ちのめされた。
はあああ。神も仏もあったもんか。どこをどう歩いたのか、気がつけばひとけのないとげぬき地蔵の境内へ。昼間は観光客でごったがえしているし、いつも観音様は長蛇の列。
「うわーい、観音様独り占め!」とばかりにおしぼりを取り、ご神体をごしごし擦る。
とげぬき地蔵とは、この「洗い観音」のことだと、かなりの割合で勘違いされているらしいが、
実はとげぬき地蔵様は秘仏であり、非公開なのだそうだ。
私も長年この観音様を、お地蔵様と呼んでいた。
「地蔵さんを擦る」という人が未だに多いようだが、境内わきの石仏の行列を見れば、
これが有名な地蔵だと勘違いするのも当然だろう。

  この観音様の人気の秘密は、目の悪い人は観音様の目を、足が痛ければ観音様の足を、といった具合に、自分の体の悪い部分を擦ると治して下さるという、ありがたーい御利益があるからだ。
以前は、たわしが備えてあったが、連日ものすごい人数のお年寄りに擦られては観音様もひとたまりもないのだろう。現在では、喫茶店で使うようなおしぼりが置かれている。
「ねぇ聞いてくださいよ観音さまぁ」 このときとばかり、もう頭から足の先まで念入りに擦る。
迷惑なほどに、ひしゃくでバシャバシャと水を豪快にぶちまける。霊験なのか高岩寺のご配慮か、涌き水は少しも冷たさを感じさせない。
冠の上に、もう一人の菩薩様がいらっしゃるのを発見し、そちらにも話しかけながら、急に二人の味方を得た気になって気が大きくなる。ふと右手をみやれば、おとなりの水子地蔵様も、それはそれは穏やかな顔でなぐさめて下さる。
 
 パンパンとかしわでの音が境内にこだまする。顔を上げると白いストールを巻いたオサレなOLさん風が、お堂に向かって一礼している。かと思えば、割烹着にジャンバーをはおった板前さん風、茶髪のアベックなど、若い人がぽつぽつと参拝にくる。
とても自然な光景だった。意外とみんな信心深いのだ。
みなそれぞれに大変な事情を抱えているのかも知れない。
そして祈ることによって力を得て、また明日それぞれの職場に赴くのだろう。

そうだ。私も頑張らなくちゃ。なんだか癒されてるよ。
すっかり元気を得て足取り軽く家に帰った。
強いな、私って。
駄目だった自分はさておき、勘違いすらし始める。

そんなふうに悲しみをどうにか鎮め、少し元気が出たら、さらに自分を奮い立たせるためにと、過食に走ってしまった。
あああ、もう寝ちゃえば良かったよ。ふー。
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by novitama | 2007-03-22 01:15 | 日常