今年もお世話になりました。

昔の写真を見返していると、3~4年くらい前の写真でもアラフォー、アラフィフィフのお友達があまりにも若くて驚いてしまう。
もともと実年齢より若く見える人ばかりだが、頬がパンパンに張っていたり、どことなくあどけなさが残っていたりして、みんなかわいい~のだ。普段会っているとあまり気づかないが、思っている以上に変化が表れやすい年代なのだろう。

そうかと思うと同世代でも、今の方がよりきれいになっている人もいて驚かされる。話題の美魔女というやつだ。スタイルがよくなったり髪型や雰囲気が洗練されたり、歳を重ねながらも素敵に進化しているのだ。
そういう人は外見だけではなく、生き方そのものも素敵に輝いている人ばかりだ。

カメラに興味をもちはじめてから、バッグの中にはいつもデジカメが入っている。手帳にこまごまとした出来事を書き残すことが少なくなったかわりに、その時会った友人たち、気になった風景やおいしそうな食べ物などをどんどん撮るようになった。
日々三度三度上書きされていくせいか、食の記憶は驚くほどの早さで忘却の彼方へ。
料理自慢の旅館で何を食べたか、あのときのコースは何が出たのか、きれいさっぱり忘れてしまうので、写真に助けられている。
自分の写真は極端に少ないが、撮られるより撮る方が好きだ。せっかく友達からカメラを向けられても、化粧が落ちてしまった、今日はむくんでいる・ぶさいくだ (今日だけ限定ということでもないのだが) などと理由をつけては、顔を隠してしまうこともある。
そんなふうに撮っていただいたワーストショットでも、数年後に見返すと、「今よりぜんぜんましー」と思えるようになる。
まだ写真がデーターではなくフィルムで現像していた時代から、没写真をためておく箱があって、その中にアルバムからはじかれたぶさいくな私が恐いほどに山をなしている。いったんは捨ててしまおうと思いながらも捨てられずにたまっていった失敗写真。
しかし何年後かに見返してみると、恐ろしく太っていようが、顔がひどかろうが、現在のアルバムと総入れ替えしたくなるほど過去写真のほうがましで、捨てなくて良かったーと見るたびに安堵する。そのくらい私自身の老化・劣化の度合いと体型の変動は深刻だ。
歳を取って唯一良かったなと思えることは、それらのぶちゃいくな過去の自分も、時間が経つと愛おしく思えることだ。現在ひどいと思っている写真だってあと数年すれば、宝物のようにありがたくなる日が来るのだろう。
どの写真まんべんなく美しい人は、常に美しさに隙がなく、いつ撮った写真でもむらなく素敵である。そこが撮るたびに没写真を増やしていく私と決定的に違うと、妙に納得するところである。

ブログに載せる写真を探しながら、しみじみと画像ファイルに見入ってしまった。
せっかくカメラが好きでいつも持ち歩いているのだから、本当に撮るべきものは風景や料理などではなくて、そんな美しい友人たちなのだろう。
急いで撮る写真は申し訳ないほどピンボケだったりするので、これから時間があれば一人一人をじっくり撮っていきたいなと思った。
写真を撮るときはいつも、被写体になる友人たちへの「大好き」がいっぱい溢れているんだけど、それが少しでも伝わるような写真を残せたらなぁと思う。

今年もたくさん写真を撮りました。どの瞬間もみんな幸せそうに輝いていて、そんな素敵な時間を過ごしてくださった皆様に心から感謝です。どうもありがとうございました。
皆様にとって2013年が素晴らしい年になりますように。来年もどうぞよろしくお願いします。ぺこり。

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by novitama | 2012-12-31 22:51 | 日常